ホームズと妖精
シャーロック・ホームズの作者であるアーサー・コナン・ドイルとオカルトは関係が深い。
頭脳明晰な探偵シャーロック・ホームズのファンは、心霊主義者としてのドイルに抵抗を感じるかもしれない。
シャーロック・ホームズは科学の権化なのにその作者は心霊主義者なのだ。
だが、嘆くことはない。
コナン・ドイルが生きていた時代は心霊主義も科学だったのだ。
心霊主義は、宗教と科学の間に生じた隙間を埋めるための道具立てだったといえる。
この分野の著書も多く、邦訳も何冊か出ている。
まだ手に入りそうなのをあげておこう。
『コナン・ドイルの心霊ミステリー』
『コナン・ドイルの心霊学』
ドイルのこういった著書には、今のオカルト的な考え方の基本がすべて詰まっている。
だから現代のオカルト本でも引用している場合が多い。
現在の僕はオカルトや超常現象、それに類するものは一切否定している。
でも子供のころは大いに興味があって、「ムー」や「ワンダーライフ」を読んでいた。
エクトプラズムがどうとかエーテルがどうとか、怪しい本をいっぱい読んだ。
その後興味がうせてこういった本を読むことはなくなったが、訳あって大学時代にマーティン・ガードナーの『奇妙な論理』という似非科学に対抗するための本を読んだ。
長いことホームズに関連するものだけに興味を向けていたが、もともと悪趣味な方向性(ボーイズラブなホームズとかエロゲーのホームズとか)を持っていただけに、やがて心霊主義者ドイルのそのものにまで興味が及んだ。
子供のころ読んでいた本や『奇妙な論理』という下地のおかげで、批判的ながらもこの分野をスムースに取り込んでしまった。
やがてたどり着いたのが、妖精だった。
妖精というのはどちらかというとフォークロアの世界の話で、オカルトではない。
だが、多くの人が目で見たり感じたりすることができないという意味では、同類に近いだろう。
コナン・ドイルと妖精といえば、「コティングリー妖精事件」というのが有名だ。
1917年、ヨークシャー州ブラッドフォードのコティングリー村で、エルシーとフランシスという二人の少女が、父親から借りたカメラで写した妖精の写真が多くの大人たちを巻き込んで大騒動となった。
コナン・ドイルはこれを本物と信じ、1920年にストランド誌に発表してしまったから、騒ぎが大きくなった。
ドイルは二人の写真を専門家に鑑定に出し、写真が二重露出でないことを確認、本物と断定。
当時からこの写真にはトリック疑惑がありいろいろな説が出されたが、ドイルは「労働者階級出身の少女にそんなことができるわけがない」と一蹴している。
ドイルの死後この写真は忘れ去られていたが、1965年にエルシーがデイリー・エクスプレス紙に偽造を告白。
1970年代に入り『プリンセス・メアリーズ・ギフト・ブック』(1915)という絵本の挿絵が、妖精写真の妖精と酷似していることが指摘され、再び注目を集める。
1983年にはついにフランシスが告白文を発表、この事件は幕を閉じる。
その手口はこうだ。
『プリンセス・メアリーズ・ギフト・ブック』にあった妖精の挿絵を厚紙に模写し羽を描き足した。それを切り抜いて帽子止めのピンで木などに固定して写真を撮ったのだ。
非常に原始的な手法であり、二重露出などは調べても出てくるはずがなかったのである。
コナン・ドイルは少女二人にまんまとだまされたわけだ。
妖精と心霊主義はまったくの別物だが、コナン・ドイルがこれを信じてしまったのには、家系的な理由があるとも言われている。
アーサー・コナン・ドイルの祖父はジョン・ドイルという、「H・B」の筆名で活躍した画家である。
その次男リチャード・ドイル。風刺画家・挿絵画家で、若いころからパンチ誌で活躍。晩年は妖精画に傾倒し、『妖精の国で』など数々の名作を残している。
三男はアーサー・コナン・ドイルの父親である、チャールズ・アルタモント・ドイル。画家を志すも成功はせず、アルコール依存症で精神病院へ入院。妖精画を多く残す。
アーサーは、リチャードとチャールズに大きく影響を受けていたのではないだろうか。
リチャードはアーサー・ラッカムなんかと並んで有名な妖精画家だから、ネットで調べればすぐにたくさんの絵が出てくる。
日本語ではあまり出てこないかもしれないが、英語で調べると星の数ほど出てくるのだ。
だが、チャールズのほうはほとんど出てこない。見かけるとすると『緋色の研究』の挿絵だが、これはホームズのイメージとあわずどうにもいただけない作品だ。
長らくこれしか見てこなかったので僕は「アルタモントは下手だ」と勝手に思い込んでいたものだ。
リチャード・ドイルの絵は最初に見たときから惹きこまれてしまった。
いたずらっぽい妖精の絵が非常にかわいらしい。
それでいろいろと探していたのだが『妖精の国で』の復刻版を格安で見つけたときはホームズ関係の本を見つけたときよりうれしかった。
2003年に、埼玉県立美術館で「19世紀英国ヴィクトリア朝の絵画 フェアリー・テイル 妖精たちの物語」という展示会が開かれた。よく調べなかったのだが、展示会の名前からしてリチャードがありそうじゃないか、ということで行ってみた。
そこにはもちろんリチャードの絵はあったわけだが、なんとチャールズの絵が多数出ていたのである。
そこで見たチャールズの絵はどれもすばらしかった。
ホームズの挿絵の、あの生気のない雰囲気は感じられない。
リチャードの絵に似ていなくもないが、どれも超現実的でおかしな雰囲気の主題を持ち、不可思議さ加減ではリチャードに勝っていると思った。
図録を見ると、チャールズの絵はほとんどが妖精研究家の井村君江氏の所蔵となっている。
ということは、福島にある妖精美術館か、宇都宮のうつのみや妖精ミュージアムで見られそうな気がする。
福島はなかなかいけないので、まずは宇都宮に行こう。
近いうちに絶対行くぞ。
最近では、リチャードやチャールズだけではなく古い妖精絵画全般に興味がある。
このため家でも職場でも、PCの壁紙は日替わりでヴィクトリア朝の妖精絵画である。
こんな僕は、それでもシャーロッキアンといえるだろうか(笑)
コナン・ドイル関連
コティングリー妖精事件関連
リチャード・ドイル関連
シャーロッキアンサイトのブログにしてはホームズネタが少ないと感じたので、たまにはホームズモノのエッセイでも書いてみようかと。
シャーロッキアンが扱うことが少ない分野の話にしたのだが、おかげで内容はホームズとはほとんど関係がない。
こんなどうしよもないエッセイひとつでも、あたらなければならない文献が多くて大変。
もうよそうかな、面倒な調べ物が嫌いなシャーロッキアンなんで(笑)