嗚呼無情 ある盗賊団首領の嘆き
「この世とは無情よのう。」
「左様でございますか、私には分かりかねますが。」
「だから貴様はあまいのよ、これが分からんではこの仕事はつとまらん。」
「といって、仕事をしている風にもみえませぬが。」
「仕事をしても実りがない。民衆はこのわしを必要としているにもかかわらず、社会が認めん。」
「努力もしないでボスがそのような事をいわれるとは意外ですな。」
「努力しなければならんのならこんな仕事はせん。無努力だからいいのよ。出来れば辛抱も無い方がいい。」
「ボスと話していると本当にそんな気になりますな。」
「それが無情よ。今更わしの活躍できる世界などこの世には無い。こうやってのんびりとコーヒーでも飲んでいる方がかえってそれらしい。」
「ボスが活躍できないのなら、次世代の私はどうなるんですか。活躍のしようが。」
「今は活躍できなくてもさきのことは分からん。核戦争でも起こってわしらが生き残ればそのあとは待ちに待ったわしらの世界かもしれん。」
「わたしら以外に生き残っていなかったりして。」
「それをいうな、なお無情になるではないか。あ、コーヒーお代わり。」
「もうありませんよ。スッカラカン。」
「だったらかっぱらってこい。できれば今度はブルーマウンテンがいい。」
「ハイハイ、おい!ボスのためにブルーマウンテンをかっぱらってこい!。」
「そんなでかい声出すな。すきっ腹に響く。」
「食料が無いのはボスが仕事をしないからじゃないですか。仕事をしましょうよ。」
「何ぞいいネタでもあるのか。」
「はす向かいのスーパーに松茸が入りました。」
「たわけめ、食料が無いからといって小さなスーパーから食料を盗むわけにはいかん。こんな盗みは民衆に対して与えるものがないではないか。」
「何で私らが民衆に対して何かをやらなきゃいけませんの。」
「それが仕事だからよ。この稼業を長く続けて行くためには民衆を味方につけねばならん。小さな町の小さなスーパーを襲うのは反民衆的だ。お上と組んで悪いことをする商人からとるのが理想よ。」
「ならそうしましょ。」
「簡単に言うな。今時の防犯システムのすごさを知らんのか。」
「努力して切り抜けましょ。」
「努力はきらいだ。無努力がいいといっただろう。」
「八方塞ですな。」
「だから無情よ。」
初出「探書手帳13」(1997/5)